次のページ:後編 スローフードの聖地で見る、食と文化のつなぎかた【後編】
ピエモンテ州クネオ県ブラは、スローフード運動発祥の地。ワインの名産地でもあり、郷土料理も豊富。街中では、ハーブを効かせたサルシッチャ(粗挽き豚肉のソーセージ)を生で食べることができる。
イタリアの北西部に位置するピエモンテ州は、世界に名だたるワインの産地。
なかでもバローロやバルバレスコなどの畑のあるランゲ?ロエロ?モンフェッラート地域は、世界遺産にも認定されたブドウ畑の景観を持ち、世界中から美食家たちが足繁く訪れる土地として知られています。
今回の特集では、スローフードの土壌がある、ランゲ?ロエロ?モンフェッラート地域のクネオ県ブラとアスティ県カネッリで、地域を活性化させるサステナブルな食のかたちと背景にある文化を探っていきます。
スローフードが生まれた街
ピエモンテ州は、2006年の冬季オリンピックが開催されたトリノをはじめ、アレッサンドリア、アスティ、クネオなど8県から成り立っています。面積25,399.83km2、人口約4,436,800人(2014年)と、日本の東北6県を合わせたほどの面積でありながら、人口は約半分。フランス、スイスの國境に接しており、丘陵地帯に広がるブドウ畑からは、アルプス山脈が連なる風景が望めます。
ご紹介するピエモンテ州のクネオ県ブラは、食生活を今一度見直し、土地の風土にあった伝統食や農業の保護を考えていくスローフード運動が1986年に始まった場所。當初は街の有志が始めた運動だったものが徐々に広がり、1989年のパリで調印された「スローフード宣言」により世界に向けて発信され、スローフード協會は、今や日本を含む160か國以上に支部があります。
スローフード協會設立のきっかけは、スローフード協會創始者のカルロ?ペトリーニ氏が友人のレストランで出されたペペロナータ(ピーマンの煮込み)の味の変化に気づいたことから。地域のおいしいピーマンが格安の輸入物にとってかわり、その影響により地域の野菜生産も様変わり。事実を知り、危機感を感じたことが協會の前身である「アルチゴーラ」というグルメ団體の設立につながっていきました。
スローフード協會のロゴマークは、のんびり、ゆっくりの象徴であるかたつむり。
街には、スローフード協會直営の書店もあり、スローフードの背景を知りたい人たちが足を運ぶ。
食べ物を暮らしの中心に據えること。家族とゆっくり食事をとること。真摯に取り組む生産者からおいしくできたものを分けてもらうこと。おいしく調理されたものに感謝すること。スローフードといわれるずいぶん前から、肥沃な土地であるピエモンテの暮らしはそんな風に紡がれていたはずです。
グローバル化の波とともに年々、食を取り巻く狀況は変化していきます。そんななか、地域の伝統食や産地、生産者や料理をする人の姿勢、地域経済までをも含めて考察するような動きが、スローフード運動をきっかけにイタリア、そして世界に広まっていきました。
そのような経緯もあり、今日、スローフード協會本部のある街ブラ、そしてピエモンテ州全體に國內外から多くの美食家が訪れるようになったのです。スローフードの取り組みは、食の恵みを享受するガストロノモ(美食家)を取り込み、ピエモンテ州の外國人旅行者數は、2006年の1,325,894人から、2015年には1,883,983人と約42%増に躍進しました。
スローフード運動の素地に加え、首都トリノでの食の生産者、流通業者などの世界會議「テッラ?マードレ」の開催、2006年冬季オリンピックの宣伝効果も伴って、ピエモンテ州の食文化とスローフード運動の背景が広く理解されるようになったともいえるでしょう。
「オステリア?デル?ボッコンディヴィーノ(Osteria del Boccondivino)」の外観。ブラで始まり、世界中に広まったスローフード運動は、地元のレストラン「オステリア?デル?ボッコンディヴィーノ」に通っていた地元の有志たちが発起人。
障がいを持つスタッフもホールで働いており(ランチタイムのみ)、ダイバーシティ?マネジメントの考え方も浸透しています。
スローフード協會の理念に乗っ取った素材のメニューには、スローフードマークがついています。ピエモンテ州の代表的な郷土料理、子牛のツナソース(Vitello Tonnato)は生産者と提攜し、農家や生産地がサステナブルなビジネスモデルとなるよう配慮されています。
かぼちゃとチーズカステルマーニョのラビオリ(ベジタリアン向けのメニュー)。カステルマーニョはイタリアのD.O.P.(原産地保護名稱)に認定されているチーズ。
グリルしたアーティチョークとブラテネロチーズのタルトラ(Carciofi scottati con tartrà di Bra tenero)。タルトラはプリンのような食感。スローフードマークはないがピエモンテの郷土料理だ。
文章:朝比奈千鶴 寫真: Karin.Vettorel