認知癥の親の介護に困らない「家族信託」第3回 ご両親の財産は大丈夫ですか?
公開日:2018/08/30
POINT!
?夫婦の場合、夫婦それぞれで信託契約を検討する必要がある
?信託の場合、不動産取得稅や登録免許稅などの名義変更時の稅金の負擔は少ない
A子さんのご実家での出來事
A子さんは、母親が3年前に認知癥になりかけました。その當時はまだ意思確認はできる狀態でしたのでA子さんが代理で母親の預金を引き出していました。
しかし、あるとき、A子さんは自宅へ度々訪れる銀行の営業擔當にこう助言されたそうです。「このままお母様の判斷能力がなくなったり、寢たきりになると、預金が下ろせなくなります。その場合は、成年後見人をつけていただかないといけません」
銀行の営業擔當だからといって、融通を図ってくれて、母親が認知癥になっても黙認してくれることはなさそうです。逆に営業擔當はA子さん一家のことをよく知っているので、ごまかしが利かないのでしょう。もし、母親の認知癥が進んでしまった後で、預金を引き出したことが明るみになると銀行の責任問題にも発展します。
預金が凍結されると困ると思ったA子さんは、助言に従って裁判所に相談に行きました。しかし裁判所では、「まだお母様は判斷能力があるのですから、後見人をつけるほどのことはないですよ」といわれてしまいました。
今にして思えば、裁判所が適切な回答をしてくれたので、早急に成年後見人をつけなくてよかったのですが、當時はよくわからない狀況だったので、今後どうすればいいのか、A子さんは母親が本格的に認知癥になるまで何もできないと思い、戸惑いました。
このような事例で使えるのが、「家族のための信託」です。
幸い、A子さんは懇意にしている生命保険會社の営業擔當から信託というものがあると聞きました。
A子さんは、家族會議に専門家を招いて、両親や他の兄弟姉妹に信託について十分に説明をしてもらいました。
その結果、母親は自分の預金が凍結されて、子どもたちに迷惑がかかってしまうようなことは避けたいと、賛成してくれました。そして、A子さんの兄弟姉妹も信託の有効性を深く理解し、全員一致で信託の導入を決めました。
母親の癥狀が悪化して、まともに話もできなくなってしまったのは、それからわずか3ヵ月後のことでした。もし信託契約があと半年遅かったら、母親の預貯金や不動産はすべて凍結されてしまったことでしょう。
しかしA子さん一家の場合、これで安心することはできません。不動産は、父親と母親の共有名義です。母親の名義だけA子さんに書き換えても、父親が認知癥になれば、その財産は凍結されてしまうのです。自宅以外の不動産や預貯金を含めた財産は母親よりも父親の方が多いこともあり、父親との信託契約は特に大事です。
このように、ご夫婦の場合、夫婦それぞれで信託契約を検討する必要があります。
実は、A子さんの母親が信託を組むことについては父親も賛成していましたが、父親自身の信託については當初は、「まだ必要ない」とかたくなな態度でした。しかし、急激に認知癥が進んでいった母親を目の當たりにした父親も考えを変えてくれました。母親の信託契約の1年後に再度、信託を勧めたところ、あっさりと提案を受けて入れて、不動産と預金は凍結を免れることができました。
夫婦で凍結させない!家族信託(母親の財産を信託)
夫婦で凍結させない!家族信託(父親の財産を信託)
信託の稅務
A子さんは家族會議で信託の導入を決めましたが、不動産の名義を変えるので、稅金の問題が気になりました。認知癥による凍結防止といっても、多額の稅金がかかってしまっては困ります。しかし、信託に際しては、不動産取得稅や登録免許稅などの、名義変更時の稅金の負擔が少なくて済むのです。このことも信託の大きな特徴です。
信託は、稅務上は「受益者課稅制度」をとっており、所有権の移転がないので、不動産取得稅はかかりませんし、信託を行った(つまり名義を書き換えた)時點の譲渡所得稅などは非課稅です。もちろん、所有権の移転がないので、贈與稅もかかりません(※「自益信託」の場合)。
一方、名義変更には登録免許稅は発生しますが、これも所有権移転を伴う通常のケースよりかなり安く済みます。
※「自益信託」とは委託兼受益者となる信託
これらのことを総合して考えると、下表にまとめたとおり、信託による不動産名義の変更で生じる稅金は、贈與や売買に比べるとはるかに低く抑えられます。
稅率の比較表(原則稅率)
登録免許稅 | 不動産取得稅 | 譲渡所得稅 | 贈與稅 | |
---|---|---|---|---|
贈與 | 2% | 4% | なし | かかる場合あり |
売買 | 2% | 4% | かかる場合あり | なし |
信託 | 0.4% | ゼロ | なし | なし |
相続稅に注意
それでは、信託をすれば相続稅もかからないのでしょうか。
相続稅については、信託してもしなくても、同じようにかかります。
つまり、受益者が亡くなって、受益権が次の受益者に移ると稅務署は相続とみなして、普通の遺産と同じように課稅の対象にします。これは稅法上、普通の相続稅とは少し性格の異なるもので、「みなし相続稅」と呼ばれます。
もちろん、相続時の稅額控除や配偶者の稅額軽減などは、「みなし相続稅」も通常の相続稅と同じように適用できます。
受託者(名義人)の責任(稅負擔や、管理上の責任)に注意
A子さんのご家族の場合は、A子さんが受託者としてご両親の財産管理をすることになりました。
ところで、不動産にかかる固定資産稅の納稅義務者は受託者になり、その通知書は受託者の元に屆きます。また、固定資産稅の納付以外にも、不動産の名義人にはさまざまな責任があります。
例えば、実家を売りたくても売れず、ボロボロの空き家狀態で放置しておいた場合、臺風で瓦が落ちて通行人に怪我をさせたり、ボヤが起きて近隣に迷惑をかけたりなど、トラブルが起きたときに責任を問われるのは、名義人の受託者なのです。
受託者になることは、財産管理をしっかりと行わなければいけないということなので、ある程度の覚悟も必要です。
- 【受託者】とは?
- ?信託財産の【名義人】です
- ?信託の目的に従って契約書で與えられた権限の中で信託財産の管理?運用?処分を行います
例)- ?不動産:受託者として登記されます。維持管理に必要な費用を払ったり、家賃収入がある場合はその管理も行います
- ?金銭 : 信託口口座を作り、現金の預け下ろし、信託契約で定められた払込などの手続をします
- ?株式 : 議決権を行使したり、株の売卻をしたり、金銭化したら信託金銭として管理します
- ?受益者に、受託者として何をしたかを報告します
- ?他にも契約で定めることができます
次回は、家族ための信託のバリエーションについて、見ていきましょう。