CREコラム
Vol.3 シェアードサービスの一翼を擔うCRE戦略 インタビュー 百嶋 徹氏(ニッセイ基礎研究所 社會研究部 上席研究員/明治大學経営學部 特別招聘教授)
公開日:2016/05/26
記者(以下Q)Q1:CRE戦略はシェアードサービスであると強調されています。
百嶋(以下A)A1-1:CRE戦略はバリューチェーンを支えるシェアードサービスの一翼を擔う
その通りです。CRE戦略は、企業の本業に関わる一連の業務工程である「バリューチェーン」を支える「シェアードサービス」であると認識することが非常に重要です。
経営戦略は、社內に専門的?共通的な役務を提供し企業活動を支える「シェアードサービス(Shared Service)型」と、研究開発(R&D)?生産?販売などの事業戦略を擔う「バリューチェーン(Value Chain)対応型」に分けられます。シェアードサービスは、バックオフィス業務あるいは本社管理業務と言い換えることもできます。CRE戦略は経理?財務、人事、ITなどとともにシェアードサービス型に分類できます。因みに物流業務は、基本的にはバリューチェーンの一部を構成しますが、シェアードサービスの側面も併せ持つユニークな業務と言っていいでしょう。
シェアードサービス型の戦略は、企業経営にとって不可欠な要素ですが、それのみでは機能することはありません。上位概念に位置するバリューチェーン対応型の戦略と整合性が取られて初めてシナジーを生むわけです。
つまり、企業は利益最大化を図るために、まず強化すべきコア事業、維持すべき事業、縮小?撤退すべきノンコア事業を區分し、またバリューチェーンのどの業務工程に重點を置くかも決めて、明確な事業ポートフォリオ戦略を構築することが不可欠です。さらに、バリューチェーン対応型戦略とシェアードサービス型戦略の整合性を取り、経営資源の全體最適化を図る必要があります。そして、これらの一連の利益最大化プロセスを実行する上で、CSR(企業の社會的責任)の視點を踏まえることが極めて重要となります。
経営資源の全體最適化行動とCRE戦略の位置付け
備考:物流は基本的にはバリューチェーンの一部を構成するが、シェアードサービスの側面も併せ持つ。
資料:百嶋徹?CRE(企業不動産)戦略の進化に向けたアウトソーシングの戦略的活用?『ニッセイ基礎研REPORT』2010年8月號
A1-2:CRE部門は不動産サービスを提供する社內ベンダーであるとの意識が必要
シェアードサービスとバリューチェーンの整合性を取るというのは、この図にもあるように、シェアードサービスを擔う部門が、外部ベンダーの力も借りつつ、バリューチェーンを擔う部門に対して専門的?共通的で高度なシェアードサービスを提供することで、社內のソリューションベンダー機能を果たすことを指しています。
バリューチェーンを擔う部門は、「外部顧客?に向けた業務、いわば「フロントエンド」の業務を主として行います。
一方、シェアードサービスを擔う部門のミッションは、あくまでも事業部門や経営層といった「社內顧客」に対するサービス提供、いわば「バックエンド」の業務遂行です。ですからCRE部門で言えば、その社內顧客に不動産サービスを提供する「社內ベンダー」であるとの意識?発想を持つことが非常に重要となります。
企業価値を直接上げるのは何と言ってもフロントエンドの事業部門です。シェアードサービスの一翼を擔うCRE部門では、事業部門が企業価値の最大化を図れるように、不動産の視點から事業活動をうまくサポートすることこそが、非常に重要なミッションとなるのです。シェアードサービスとバリューチェーンの整合性を取る際には、このような考え方が欠かせません。
Q2:シェアードサービスと捉えた場合、CRE部門のやるべきことは何ですか。
A2-1:日々の不動産サービス提供業務
シェアードサービス型戦略としてのCRE戦略の役割は3つあります。一つは、もっとも川下の業務とも言える、日々の事業活動における不動産に関するニーズや問題點に対するソリューションの提示、提供です。
不動産に関するシェアードサービスと言っても、実に様々なことがあります。小規模な設備修繕や備品補充、照明や空調、機やいす、會議室の設備?備品など、こうしたこまごまとした日々のニーズに対してもCRE部門はソリューションを提示し、サポートしなければならないわけです。
できればこうしたこまごまとした日々のサービス提供業務は、「餅は餅屋」というように、専門の外部ベンダーに任せるべきでしょう。外部ベンダーへのアウトソーシングによって生まれた時間は、次に述べるようなインハウスのCRE部門でしかできない業務に取り組むべきでしょう。
A2-2:社內のニーズと外部ベンダーのサービスをつなぐリエゾン機能
2つ目は、社內のCRE部門にとって重要な業務である、外部の不動産サービスベンダーとのインターフェースの役割を擔って、社內の事業部門のニーズと外部ベンダーのサービスをつなぐ「リエゾン(橋渡し)機能」を果たすことです。
社內顧客のニーズを本來把握しているのは外部ベンダーではなく、社內スタッフのはずです。CRE部門のスタッフは、社內顧客との信頼関係?人的ネットワークやインフォーマルなコミュニケーションを活用して社內のニーズを十分に把握し、そのニーズに対応するために社內に不足している知見?サービスを明確に特定した上で、外部ベンダーにサービス內容を発注することで、よりよいCREソリューションをコーディネートすることが求められます。
このリエゾン機能は、不動産サービスベンダーを使いこなす「ベンダーマネジメント機能」と言い換えることもできるでしょう。
CRE戦略には不動産や建築分野にとどまらず、経営戦略、コーポレートファイナンス、會計、稅務、IT、HRM(人的資源管理:Human Resource Management)などを含む高度な橫斷的専門知識が必要になるため、戦略的パートナーとして外部の専門機関の力を借りる必要があります。そしてそれら外部機関のサービスをコーディネートして、より高度なCREソリューションを社內の事業部門に提供していくことがCRE部門には求められます。
もちろんCRE部門も獨自の専門的知見を磨いていくべきですが、外部ベンダーが持つ高度な知見を社內の知見と融合して、より高いレベルの不動産サービスを社內顧客に提供していこうとするのがリエゾン機能というわけです。
海外の先進企業の多くは、一つ目の役割である、施設運営など日々のサービス提供業務を外部ベンダーにアウトソーシングしています。なかには、現場の日々のサービスやオペレーションを管理?統括する業務もアウトソーシングし、自らは、社內顧客のニーズ把握と戦略の策定、ベンダーマネジメントに徹する企業も出てきています。
A2-3:経営層の意思決定に資するマネジメント?レイヤーのCRE戦略
3つ目は、中期的な経営戦略の遂行をサポートするための不動産マネジメントの立案?実行です。これを私は「マネジメント?レイヤーのCRE 戦略」と呼んでいます。
この戦略構築のための意思決定は外部委託できるものではありません。この業務こそが、インハウスのCRE部門が行うべきコア業務です。
経営トップが打ち出す中期経営戦略は各社各様ですから、それに伴って當然取るべきCRE戦略も各社で異なるはずです。経営者は中期戦略を打ち出し、CRE部門はその戦略の遂行をサポートするために不動産の視點から何をすべきかを考え、それを立案?実行することが、マネジメント?レイヤーのCRE戦略です。
この戦略には、教科書的に決まったものがあるわけではありません。「中期経営戦略の遂行を不動産の視點からサポートする」という原理原則しかありません。ですから、経営者が打ち出す中期戦略に対して不動産の切り口からどのような貢獻ができるのか、CRE部門のスタッフは徹底的に考え抜かなければなりません。
CRE部門のスタッフは、外部ベンダーの力も借りつつ、自らが持つ不動産などの専門的知見を十分に活用して、戦略を練り具現化し、CEOやCFOに提案し、納得してもらい、それを実行する。それによって経営トップが打ち出した中期戦略の遂行に貢獻する、これがCRE部門として最も重要な役割です。ですから、この業務はインハウスのCRE部門がしっかりと擔わなければなりません。
マネジメント?レイヤーのCRE戦略を構築する際には、中期経営計畫において経営トップが掲げるコミットメント事項をCRE戦略に翻訳し、CREの実行戦略に落とし込むことが重要となります。経営トップが中期戦略の中で打ち出すコミットメントの中には、一見するとCRE戦略と関係が薄いように思われるものもあるでしょう。しかし、CRE部門ではすぐに?関係ない?と判斷するのではなく、経営のコミットメントとCREの関係性を徹底的に考え抜き、マネジメント?レイヤーのCRE戦略を導き出す努力を怠らないことが何よりも重要です。
経営層の意思決定に資するマネジメント?レイヤーのCRE戦略を構築することこそが、CRE戦略のコア機能であり、最も重要な業務と言えるのです。
土地活用ラボ for Biz アナリスト
百嶋 徹(ひゃくしま とおる)
ニッセイ基礎研究所 社會研究部 上席研究員 / 明治大學経営學部 特別招聘教授
1985年(株)野村総合研究所入社、証券アナリスト業務および財務?事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント(株)出向を経て、1998年(株)ニッセイ基礎研究所入社。2014年から明治大學経営學部特別招聘教授。企業経営を中心に、産業競爭力、産業政策、イノベーション、CRE(企業不動産)、環境経営?CSR(企業の社會的責任)などが専門の研究テーマ。日本証券アナリスト協會検定會員。1994年発表の日経金融新聞およびInstitutional Investor誌のアナリストランキングにおいて、素材産業部門でそれぞれ第1位。2006年度國土交通省CRE研究會の事務局を擔當。國土交通省CRE研究會ワーキンググループ委員として『CRE戦略実踐のためのガイドライン』の作成に參畫、「事例編」の執筆を擔當(2008~2010年)。共著書『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』(東洋経済新報社、2006年)で第1回日本ファシリティマネジメント大賞奨勵賞受賞(JFMA主催、2007年)。
公益社団法人日本ファシリティマネジメント協會(JFMA)CREマネジメント研究部會委員(2013年~)。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努めてきた第一人者。