イギリス人と日本人の生き方について、もっとも大きな違いについて尋ねると、
「まず、日本のような美魔女はイギリスにはあまりいないですね」
と、田窪さんは答えた。これは、いつまでも若々しくありたいと願う日本の女性を揶揄した意地悪なジョークに聞こえるが、実はそうではない。
田窪さんは、モノを長く大切に使うサステナブル先進國のイギリスと、それを目指す日本では、"老い"への捉え方からしてそもそも違うと言いたいのだ。では、老いとサステナブルがどこでどう結びつくのか。田窪さんが今度は真面目に述べる。
日本初の路面旗艦店となる「GLOBE-TROTTER GINZA」を2016年3月、銀座にオープン。
グローブ?トロッターとは
1897年に、イギリス人のデイビッド?ネルケンが創業。自社工場でハンドメイドされる英國流ラグジュアリーを追求したトラベルケースとして、瞬く間に世界中に名を馳せるようになり、今日では、その伝統的なクラフトマンシップへの稱賛とともに、時代を超えても変わらずに愛されるスタイルアイコンとなっている。
イギリス人と日本人の生き方について、もっとも大きな違いについて尋ねると、
「まず、日本のような美魔女はイギリスにはあまりいないですね」
と、田窪さんは答えた。これは、いつまでも若々しくありたいと願う日本の女性を揶揄した意地悪なジョークに聞こえるが、実はそうではない。
田窪さんは、モノを長く大切に使うサステナブル先進國のイギリスと、それを目指す日本では、"老い"への捉え方からしてそもそも違うと言いたいのだ。では、老いとサステナブルがどこでどう結びつくのか。田窪さんが今度は真面目に述べる。
「イギリスにはアンティークを大切にする文化があり、自然を愛し、好きなものを使い続ける慣習がある、だからサステナブルな暮らしができるんだ、と言ってもピンときませんよね。なぜなら、多くのイギリス人は何か崇高な使命感をもってそういう生活をしているわけではないからです。
最初に美魔女はいないといったのは、そもそも一般的なイギリス人は、歳を取ることも、老いることも悲しい現実だとはまったく思っていないんです。女性に限らず男性だって、誰でも歳を取ればシワは増えるし、身體にガタもきます。そのシワや身體の故障を嘆くのではなく、むしろ、勲章が一つ増えたと表現します。
年齢を重ねたからこそ、味わえる世界ってたくさんありますよね。シワが増え、腰痛に悩まされる歳になったからこそ、ファッションにしろ、趣味にしろ、健康にしろ、知りえることがたくさんある。こうした考え方が自然やモノとの付き合い方にも表われているんです。
例えば僕の會社で扱っているグローブ?トロッターのトラベルケースは、ピカピカな新品よりも、何年も使って古くなったほうが味も出ます。傷がついたってどうってことありません。むしろ、この傷はハネムーンのときにつけたものだったな、このボロボロのステッカーははじめてこのカバンを持って旅したときのものだったなといった感じで、年齢を重ねた自分の橫に、長く付き添ったカバンがあることが嬉しいわけです」
グローブ?トロッター
田窪さんがはじめて購入したグローブ?トロッター(寫真中央)。26年使用し、最近はショップに展示している。ヴァルカン?ファイバーという特殊素材であしらい、クラフトマンシップが詰まった英國を代表するトラベルケース。旅とともにボディの風合いに変化が出るが、そうした経年変化が美しく見えるように作られており、使い込むことで楽しみがますのも魅力。
オリジナルコレクション
寫真右:30インチスーツケース
寫真左:21インチトロリーケース
ともにヴァルカナイズ?ロンドン 青山
ターンブル&アッサー
映畫「007 カジノロワイヤル」でダニエル?クレイグも著ていた限定モデルのフォーマルシャツ。友人でもあるクレイグから贈られたプレゼント。田窪さんは自他ともに認める007好き。ダンディーな男との思い出は決して色褪せることはないものだ。(非売品)
なるほど、モノへの愛著が文化として根付く理由もわかる気がする。ただ、田窪さんもこうしたイギリス人気質を理解するには、だいぶ時間が掛かったという。
「僕らの世代というのは、ほぼ完璧にアメリカのカルチャーの影響を受けています。ビジネスでいえば、アメリカンドリームを実現して、ばかでかいビルの最上階で優雅な生活を誇らしげに送る人が成功者像だと思っていました。でも、本物の富裕層がこんなことをやると、イギリスでは間違いなく失笑の的になります。日本は戦後、アメリカ的なスクラップ&ビルドで成長してきたので、豊かさ=贅沢さだと思い込んできたのかもしれません。
僕はたまたまイギリスの少し変わった航空會社、ヴァージン?アトランティックに就職し、それこそ20世紀でもっとも有名な経営者の一人で、ヴァージングループの創始者リチャード?ブランソンさんから薫陶を受けてきました。
長くイギリスを生活の軸にして働いていると、當然ですが、世の中にはアメリカとはまったくかけ離れた価値観を持つ人たちがたくさんいるということにも気づきます。世界の文化に詳しいわけではありませんが、少なくともイギリス社會と接するたびにいままでの価値観が崩れていくようでした」
イギリスはそもそもモノづくりの発想からして、他の國とは違う。田窪さんはイギリスというフィルターを通して、本物の価値とは何かを理解したという。
「僕が勝手に名づけているだけなんですけど、モノには"満足曲線"があると思うんです。例えば、イタリア製品やフランス製品って購入したときがもっとも満足度が高いんです。凄くおしゃれだし、デザインも秀逸ですよね。でも新品の完成度があまりにも高いので、時間とともに汚れたりして満足曲線は下がっていきます。
その點、イギリス製品の新品は、満足曲線のスタート位置が決して高いとは言えません。わかりやすい例を出すと、紳士靴なんて買ったばかりのときに履くと、足のあちこちが痛くなって歩くのもつらいだけ。
それが履いていくうちに、不思議と自分の足の形に馴染んでいく。メンテナンスをしっかりすれば、何年でも愛用できます。時間が経ち、使い込むほど満足曲線も高くなります。これは職人たちに100年、200年使えるモノを作ろうという意識が根付いているからなんです」
フォックス?アンブレラの傘
イギリスの職人が手で曲げて縛って型をつくるマラッカと呼ばれる最高級のハンドルが特徴的。他にも、エイジングの味わいが魅力的なナチュラルウッドやレザーなどのバリエーションがある。キリリと細く巻かれている狀態でも美しく、開いた狀態では雨の音が心地よく響く。
左からマラッカ(メンズ) 、チェスナット 、アニマルヘッド グレイハウンド(メンズ)
スマイソンのノート
表題に數十種類ものさまざまなテーマが掲げられている定番のパナマノート。表紙は手觸りがよく、柔軟で型崩れしにくいラム革。中味は元々ポンド紙幣に使用されていた紙なのでインクがにじまず書き心地が秀逸。イギリスでは萬年筆を使用し、書いたら消さないのが"粋"使い方。
パナマノート
ヴァルカナイズ?ロンドン 青山(VULCANIZE LONDON AOYAMA)
所在地:〒107-0062 東京都港區南青山5-8-5
TEL:03-5464-5255
イギリス文化に魅了される一方で、田窪さんは自分が育った日本の文化への興味を募らせたという。昔の日本には、イギリスとの共通點がたくさんあったことにも気づかされた。
「英語にステルス?ウェルス(※)という言葉があるんですが、イギリスのエグゼクティブは人から見て金額がわかるようなものは身につけません。モノの価値を決めるのはあくまで自分であって他人ではないからです。隠れたところに気を遣ったり、どこにも売っていないようなモノを身につけたりはしますが、高級品を身につけることがラグジュアリーだとはまったく思っていないんです。
この感性って、昔の日本にもありましたよね。おじいちゃんが使っていた逸品を息子が受け取り、さらに孫へ引き継いでいく慣習。あるいは、風が吹かなければ他人には決して見えない著物の裏地にお灑落な刺繍を施す文化。かつて日本人の多くは、融通無礙を裝いながらも、誰も持っていない古いモノを大切にし、なおかつ品性が備わっている人を、"粋"だとか、"伊達"だと形容していました。
これってもの凄くイギリス文化に近いんです。これらの言葉は歳を重ねた人にしか當てはまりません。人もモノも長い歳月を経て、やっと"本物"になる。僕はこうした発想が、サステナブルな暮らしにつながっていくのだと思います。過去へのリスペクトの気持ちが育てば、未來への責任も生まれます。イギリス文化だけでなく、昔の日本からもサステナビリティは學べるんですよ」
イギリス人は、人生を"本物"になるための旅と捉えているのかもしれない。"本物"にふさわしい生き方を切望すれば、"本物"とめぐり合い、"本物"に囲まれた暮らし方、つまりモノを長く大切に使うサステナブルな生活にたどり著くと、田窪さんは言う。歳を重ねて"本物"になったとき、人は真の幸福をかみ締めることができるのだと多くのイギリス人は知っているのだろう。
※ 裕福であることを誇示しない姿勢を美徳とすること。
Sustainable Journeyは、
2024年3月にリニューアルしました。
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