事業承継で遺言を活用する
公開日:2024/08/30
事業承継をスムーズに行い、その後の安定した企業経営につなげるには、経営に必要な株式や資産を後継者に確実に渡す必要があります。事業承継においては、株式?事業用資産?資金といった目に見える資産だけではなく、経営理念?従業員の技術?ノウハウ?経営者の信用?取引先の人脈?顧客情報?知的財産?許認可等の知的資産の承継もありますので、慎重に進める必要があります。
先代経営者が事業承継の対策を十分に行っていないまま死亡した場合、先代経営者が保有する財産の相続は、原則的に法定相続人に法定相続分に従って行われることになります。法定相続分に従って遺産分割を行うことになってしまうと、會社の後継者が、経営の意思決定や判斷に必要な株式等の資産を得ることができないという狀態になってしまうこともあります。
遺言は事業承継対策の一つの有効な手段
後継者が取得する法定相続分が、経営に必要な株式等の経営資産として不足している場合は、後継者の相続分を増やす必要があります。その時にできる方法として考えられるのが「遺言」です。
遺言を作成することで、後継者に経営に必要な資産を與えることができますので、事業承継対策の一つの有効な手段といえます。
特に、複數の相続人がいる場合、株式を平等に相続すると、意見が対立した場合に、経営の意思決定がうまく機能しないことも考えられます。また、個人事業の場合、事業に家族の複數人が関與しているケースや、先代経営者の資産の內、事業用の資産が大半であるケースなどは、相続爭いを防ぐために遺言を殘しておくと良いでしょう。
また、遺言には「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」があり、どちらであっても問題はありませんが、事業承継対策に萬全を期すためには、公正証書遺言のほうが望ましいといえます。
遺言作成のメリット
①遺産分割協議を回避し、「後継者」に自社株を集中できる
相続発生時に遺言がない(何も相続対策をしていない)場合、資産である株式は遺産分割協議で複數の相続人に分散してしまう可能性が高く、また、遺産分割協議には時間も手間もかかるため、経営に支障をきたしてしまうこともあるでしょう。
「自社株は後継者である長男がすべて相続し、その他の金融財産は他の相続人が相続する」等、保有資産の內容に合った遺言書を殘しておくことで、遺産分割協議を回避でき、後継者に自社株を集中的に相続させることが可能となります。
②親族外の人にも財産を遺贈できる
遺言書がない場合、法律で定めた相続人が遺産を相続できます。相続人とは、配偶者と血族を指し、死亡した人の配偶者は常に相続人となり、配偶者以外の人は、次の順序で配偶者と一緒に相続人になります。
- <第1順位>死亡した人の子ども
その子どもが既に死亡しているときは、その子どもの直系卑屬(子どもや孫など)が相続人となります。 - <第2順位>死亡した人の直系尊屬(父母や祖父母など)
- <第3順位>死亡した人の兄弟姉妹
その兄弟姉妹が既に死亡しているときは、その人の子どもが相続人となります。
事業承継の場合は、將來の企業経営を考慮し、経営者として有能な親族外の人(役員や従業員、あるいは外部から招へいした経営者)を後継者にしたいケースもあります。その場合は、遺言書によって意思を明確にし、親族外の人であっても経営資産を承継することが可能です。
遺留分に配慮
遺留分とは、法定相続人が最低限受け取ることができる遺産のことで、民法において規定されています。相続には法定相続人が生活を維持していくための保障的な意味合いとして、配偶者を含めた相続人には最低限の遺産を受け取る権利が保障されています。遺留分は遺言によって減らしたり、なくしたりすることはできません。
配偶者や子の遺留分は、法定相続分の2分の1とされており、例えば、先代経営者に、配偶者と子どもが二人の場合、配偶者の遺留分は総資産の4分の1、長男と次男はそれぞれ8分の1となります。(兄弟姉妹は遺留分の対象外となります)
會社経営に必要な資産は後継者が相続し、かつ後継者以外の相続人の遺留分も超えている場合は、遺産分割協議の時間を削減する上でも、遺言で相続財産を指定することが大切です。
逆に、後継者以外の相続人の遺留分に不足している場合は、後継者から後継者以外の相続人に代償金を払う旨の遺言を作成することで、遺留分の対策とすることも可能です。
遺言としての対策ではありませんが、生命保険も活用することが可能です。原則的に生命保険は遺留分算定の基礎となる財産には含まれませんので、後継者を生命保険金の受取人に指定しておくことにより、後継者以外の相続人から遺留分侵害額請求をされた際に、支払い原資として確保しておくこともできます。
遺言書作成と事業承継計畫はセットで検討する
遺言書の作成は、事業承継において有効な方法の一つですが、相続のみで行うだけでなく、準備期間を含めた事業承継計畫を策定し、併せて遂行することも重要です。
例えば、生前贈與により株式を後継者に移譲する方法です。この場合、後継者に対して贈與稅が課稅されますので、生前の早い時期から少しずつ移転するケースが多いようです。また、議決権に制限のある種類株式を発行し、後継者以外には議決権のない株式を相続させて、遺留分を考慮することも可能です。
ただし、いずれの方法を選択するにしても、経営承継円滑化法や會社法、民法などの法律知識が不可欠で、相続稅や贈與稅の対策も必要です。事業承継は弁護士や稅理士のサポートを受けながら進めることが必要です。